FC2ブログ

♪ fruitful basket ♪

てくてく歩いてどこへでも。食べた!飲んだ!を中心に好きなこと☆盛りだくさんに記録中。

プロフィール

青りんご

Author:青りんご
「ご縁」「経験する」「楽しむ」を大事に日々を過ごしています。有言実行派。というより、できないことは口にしない派。アリのように働きキリギリスのように遊ぶこの頃。踊りとお酒と旅が大好き☆47都道府県旅したことはちょっと自慢(´▽`*)
Twitter:主にお馬さんのこと、つぶやいています@aoringo252555

 

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
 

最新記事

 

最新コメント

 

最新トラックバック

 

カテゴリ

 

月別アーカイブ

 

2014. 08. 05

勝竜寺城@長岡京市

7/11(金) 山崎蒸留所 →→

サントリー山崎蒸留所を出てすぐ京都府入り。
そして次の目的地勝竜寺城跡に到着

2532

2531
2533

<memo>wikiより
南北朝時代から江戸時代初期に存在していた城。

細川忠興・ガラシャ夫妻ゆかりの城としても有名。
天正6年(1578年)8月、藤孝の嫡男忠興と明智光秀の娘お玉(細川ガラシャ)が
勝竜寺城で盛大な結婚式を挙げ、新婚時代を過ごしたとされている。

細川藤孝は天正9年(1581年)に丹後に入封し、
代わって村井貞勝の家臣矢部善七郎、矢部猪子兵助の両名が城主となったが、
翌天正10年(1582年)、本能寺の変によって明智光秀の属城となる
同年の山崎の戦いで敗走した光秀は勝竜寺城に帰城するも、
羽柴秀吉軍の追撃を受け、勝竜寺城から坂本城へ落ち延びる途中で落命。
翌日に明智軍を破った秀吉が勝竜寺城に入城
一方、光秀の援軍要請を断った藤孝は剃髪、
家督を忠興に譲って居城を田辺城に移し、ガラシャは離縁し幽閉してしまった。



面白いっ
山崎はつい先ほどいたところ。丹後や田辺城は昨秋旅した場所。
う~ん、想像が膨らむ

「細川九曜」
2534

2535

敷地内は手入れが行き届いていて、木々を見て歩くのもオススメ。
2536
この時は松のような香りが漂っていて

「沼田丸」
2530







スポンサーサイト



COMMENT▼

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

TRACKBACK▼

http://2525peacefullife.blog.fc2.com/tb.php/432-d5c9fcbd

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 

 | ホーム |